春の兆しが見え始めた3月のある日、このお店の前でスケッチをした。ショーウインドウには無造作に陶器類が並んでいるが、そのなにげない加減が何とも美しい。昨今の売らんかなというディスプレーとは違い風情があるし、陶器のレトロな配色と、窓枠の日に焼けた木肌の具合が、なんだか北欧を感じさせる。気持ちよくペンを走らせる。道行く人が興味深げに私の方を見て、ちらりと陶器店に目をやりながら通り過ぎてゆく。しばらくはポカポカとあたたかい日差しの中で描いていた。屋根のつららが目の前に落ちてパキン!とはじけ驚かされる。しかし日が雲に隠れだすととたんに手がかじかみ、パレットの水彩絵の具も凍りだした。絵が完成に近づいた頃店のおやじさんが、まあ上がってお茶でも、と声をかけてくれた。
工藤陶器店は80年前から同じ場所で営業を続けている老舗で、現在のおやじさんが2代目。昔はこの界隈もずいぶんと店が多くて活気があったそうだ。広い店内には古い陶器類が比較的最近のものと混在しながら所狭しと並んでいる。決してきれいに整理されているわけではない中に、ひときわ目を引くのが懐かしい形や珍しいデザインの陶器類。しかし、いわゆる骨董屋さんではなく、昔仕入れたものが売っているうちに古くなってしまっただけなのだ。つまり、80年間シンプルに陶器を売っているうちに、なんだか周りの時代が、勝手にどんどんスピードを上げて過ぎてしまい、その陶器店だけがタイムスリップしたような感じ。私がその店の雰囲気と気取らないショーウインドウに惹かれてぶらりとお店に入ったのは5年ほど前だが、奥さんの丁寧で静かできめの細かい対応が、これまた現代ではなかなかお目にかかれないもので、つい引き込まれた。手に取る陶器を丁寧に説明いただきながら、昔よくあった横から見ると富士山のように三角形の美しいお茶碗や、蓋つきの湯飲みなどを購入した。決して高級品ではないが、大量生産前の手仕事が感じられる陶器類はどれも懐かしい雰囲気で、色もシンプルな配色が美しい。それにお茶碗の展示棚が見事で、たくさんのお茶碗が独特の方法で古い木の台に積み上げられていて、一見不安定で崩れてしまいそうなのだが、大きな地震でもこの台だけは大丈夫だったというからすごい。数年前には口コミで近くの大学生にブームとなり、若いお客さんが押し寄せた事もあったし、骨董屋さんが大量に仕入れに来たこともある。そんなこんなで在庫も大方片づいてきた。しかし陶器の在庫がどうであれ、工藤陶器店はこれからもシンプルに陶器を売り続けてくれるだろう。 |