「買い物公園の陶器屋さん」(2004.3)

 私の住んでいるシムカップ村は上川支庁の最南端で、警察の管轄も旭川方面本部ということになっているから、免停になると例外なく旭川の運転免許試験場へ行かなくてはならない。確かに、昭和56年の札幌と帯広を結ぶJR石勝線開通の前は、他の都市に比べれば旭川への交通の便が最も良かったのだろう。しかしそれも23年も前の話。現在では、シムカップから帯広までわずか1時間、札幌も1時間30分である。一方旭川はというと、本数の少ない村営バスで富良野まで1時間10分。富良野からローカル線に乗って、1時間5分、バスと列車の連絡が悪いとトータルで3時間近くかかる。早朝に家を出ても間に合わないので、前の日に旭川に泊まらなくてはならないし、講習が終わってから帰るにしても富良野からのバスはもうないのだ。免停になると当然車では行けないので、誰かに送ってもらうか、このような行程で2泊3日かけて往復するしかない。「免停にならなきゃ良いでしょう?」確かにその通りだが、新たに免許を取得する場合も同じだから、行政の区画は交通網の変化に従って柔軟に変えていくべきだと思う。こういう地方事情を考えないところはお役所仕事だなあといつも(別にしょっちゅう免停になっているという訳ではない)思うのである。

 そんなことや色んな用を足しに、旭川へは良く出かける。そして、あるお気に入りの界隈にもたびたび足を運ぶ。旭川駅前から北へ1キロ真っ直ぐ延びる商店街「平和通り買物公園」は日本で初めての恒久的な歩行者天国で、昭和47年に誕生した。駅前には「西武」や「丸井さん」があり、人通りも多い。最近では郊外の大型ショッピングセンターが幅を利かせていて、車を持ったファミリーはその方面に多くが流れているが、それでもまだまだ旭川のメインストリートの風格は保っている。しかし、駅から離れるほどにどんどん閑散とした雰囲気になってくる。お店も古いものが多くなってくるし、人通りも少なくなってくるのだ。私の目指す界隈はそんな「買い物公園」の一番端っこ辺り。北海道の古い建物や路地を眺めているだけで楽しくなってくる私にとって、この辺りはまったく興味を引くものばかりだ。安くてうまいイタリアン、ちょっとおしゃれな古着屋、老舗のラーメン屋、本当に商売しているのかあやしい帽子屋、良い本と絵本しか置いていない大好きな本屋、そして、買い物公園の最後の最後一番端っこにあるのが「工藤陶器店」だ。 思うのである。 

 春の兆しが見え始めた3月のある日、このお店の前でスケッチをした。ショーウインドウには無造作に陶器類が並んでいるが、そのなにげない加減が何とも美しい。昨今の売らんかなというディスプレーとは違い風情があるし、陶器のレトロな配色と、窓枠の日に焼けた木肌の具合が、なんだか北欧を感じさせる。気持ちよくペンを走らせる。道行く人が興味深げに私の方を見て、ちらりと陶器店に目をやりながら通り過ぎてゆく。しばらくはポカポカとあたたかい日差しの中で描いていた。屋根のつららが目の前に落ちてパキン!とはじけ驚かされる。しかし日が雲に隠れだすととたんに手がかじかみ、パレットの水彩絵の具も凍りだした。絵が完成に近づいた頃店のおやじさんが、まあ上がってお茶でも、と声をかけてくれた。

 工藤陶器店は80年前から同じ場所で営業を続けている老舗で、現在のおやじさんが2代目。昔はこの界隈もずいぶんと店が多くて活気があったそうだ。広い店内には古い陶器類が比較的最近のものと混在しながら所狭しと並んでいる。決してきれいに整理されているわけではない中に、ひときわ目を引くのが懐かしい形や珍しいデザインの陶器類。しかし、いわゆる骨董屋さんではなく、昔仕入れたものが売っているうちに古くなってしまっただけなのだ。つまり、80年間シンプルに陶器を売っているうちに、なんだか周りの時代が、勝手にどんどんスピードを上げて過ぎてしまい、その陶器店だけがタイムスリップしたような感じ。私がその店の雰囲気と気取らないショーウインドウに惹かれてぶらりとお店に入ったのは5年ほど前だが、奥さんの丁寧で静かできめの細かい対応が、これまた現代ではなかなかお目にかかれないもので、つい引き込まれた。手に取る陶器を丁寧に説明いただきながら、昔よくあった横から見ると富士山のように三角形の美しいお茶碗や、蓋つきの湯飲みなどを購入した。決して高級品ではないが、大量生産前の手仕事が感じられる陶器類はどれも懐かしい雰囲気で、色もシンプルな配色が美しい。それにお茶碗の展示棚が見事で、たくさんのお茶碗が独特の方法で古い木の台に積み上げられていて、一見不安定で崩れてしまいそうなのだが、大きな地震でもこの台だけは大丈夫だったというからすごい。数年前には口コミで近くの大学生にブームとなり、若いお客さんが押し寄せた事もあったし、骨董屋さんが大量に仕入れに来たこともある。そんなこんなで在庫も大方片づいてきた。しかし陶器の在庫がどうであれ、工藤陶器店はこれからもシンプルに陶器を売り続けてくれるだろう。

 昨年2月、工藤陶器店からほど遠くない場所の映画館「旭川劇場」が50年の歴史に幕を引いた。昔ながらの二階席のある大きな映画館で、長い間旭川市民に親しまれてきたが、こちらも郊外型シネコンにはかなわなかった。そして同じ並びにある旭川一の老舗ホテル「ニュー北海ホテル」も今年の3月で営業を終える。町はどんどん生まれ変わっていく。たしかに経済の視点で見れば役目は終えたのかもしれない。しかし歴史や文化をただ経済の視点だけでどんどん切り捨ててしまって本当に良いのだろうか。古いものを懐かしいと思い、愛おしいと思い、美しいと思う、そんな事はたいして意味がないことなのだろうか。

  工藤陶器店でお茶をいただいていると、おやじさんが、茶箪笥の引き出しをごそごそとやっている。「あーあれまだあったかなー」「何?あれかい?あんなもの出しても喜ばれないわよ」「あーあったあったこれこれ。」渡されたそれは、なんとも奇妙な鯛の形をしたマッチ入れだった。石膏に着色をしたものらしく、しっぽの部分にマッチを入れる穴があり、側面には火をつけるためのざらざらした部分がある。何でもおやじさんが継いだときにはもう店にあったものだから、50年以上は昔のものだという。「マッチを擦ってご覧なさい」いわれるままに1本マッチを擦ってみた。勢いよく火はついて燐のにおいが鼻をついた。おやじさん曰く「これをね、クラブでつかったらね、もてますよ間違いなく」今度試してみたい。

                     
 
 
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